もう帰国 14 Jan 12
北村監督とディナー 13 Jan 12

手紙

January 8, 2012

手紙

2時に寝たのに、時差ボケで朝六時にはお目目ぱっちりなので、ブログを少々。 ロスに戻ってくると手紙の山だった。ジャンクメールというのか迷惑メールというのか知らないが、基本的にそういう部類の手紙が大多数だが、それに埋もれて一枚のクリスマスカードが目に留まった。宛先を見なくても、字を見なくても、すぐに誰だかわかった。 渡米してから今年で10年目になるが、この10年間、毎年必ず誕生日の手紙とクリスマスカードを書いてわざわざロスの僕の住所宛に送ってくれるからだ。僕も毎年返信しているが、郵送ではなくメールの時もあるし、出せてない年もあったりした。 自分で言うのもなんだが、僕はどちらかと言えば筆まめな方で、普通の人よりは手書きの手紙を好んで書く方だ。しかも字が非常に汚い。ただ、手紙を書くからこそ分かるが、継続的に、定期的に誰かに手紙を送るという事は非常に手のかかる事だと知っている。だからこそ毎年届く手紙を見る度に、感謝の気持ちで一杯になるし、自分の事をいつも応援してくれる文面にはすごく勇気づけられる。 手紙を出してくれるのは、僕の高校時代のカフェテリアのおばちゃんだ。 すごく上品な人なので、カフェテリアのおばちゃんというと語弊があるが、当時からいつもかわいがってくれて、大盛り券無しにいつも大盛りにしてくれてたし、放課後遊びに行くと僕のために特別ケーキを用意してくれたりした。若い頃、渡米経験がある彼女は、僕が日本の大学に進学せずにアメリカで映画監督を目指すという馬鹿げた夢を誰よりも親身になって聞いてくれてたし、絶対夢を諦めるなと鼓舞してくれた。手紙を書くから向こうで住所が分かったら教えてくれと言われ、以来、彼女はこの10年間欠かさず手紙を書いてくれるし、僕の映画が日本で上映がある度に来てくれている。 僕のような不安定な職業を志す人間にとって、常に応援してくれる人の存在は計り知れないほど大きい。そういう方達が居てくれるからこそここまで来れたし、そういう方達のためにも更に頑張らないといけない、と手紙が届く度にいつも思う。この場を借りて、彼女にお礼が言いたい。無謀な夢を追いかけ続ける僕の事を信じ、毎年、毎年、素敵なお手紙を送って頂き、本当にどうもありがとうございます。 次に手紙が届く頃には、僕はもっと良い監督になっていたい。

ガール ウィズ ドラゴンタトゥー

January 7, 2012

ガール ウィズ ドラゴンタトゥー

見てしまった。噂は聞いていた。特報を見た時ちびり、(あのカットがすごい早いヤツ)予告編を見た時、背筋に寒気を覚えた。本は読んでないし、スウェーデンのオリジナルも見たかったが大好きなデビットフィンチャーが監督するというので、先にこっちを見ようと見ない様にしていた。 衝動的にぶらっと近くの映画館に見に行ったが、一人で見に行って良かった。男友達ならまだいいが、女性や家族と見に行ったら非常に気まずくなる映画だと思う。(老夫婦が映画館に多くてびっくりしたけど)確実に好きか嫌いに別れる作品だが、僕は非常に好きだ。久しぶりにこんなバイオレンスでセクシーな映画を見た。もうオープニングタイトルシークエンスを見た時に、こんな素晴らしい世界に3時間もいさせてくれるフィンチャーに感謝していたが、その後も2時間48分間、一分もつまらないとは思わなかった。 まだこれから見たい人もいると思うので、中身に関してはあまり詳しくは書かないが、女性に対する暴力への反抗がメッセージとして感じられた。僕が一番嫌う犯罪行為だから、その部分が全面的に押し出されているように感じたかも知れない。正直、痴漢とかレイプとかセクハラとかに対しては言葉では言い表せないくらい嫌悪感を覚える。そういう犯罪に対するアンチテーゼによって本作は描かれているので、僕は主人公のジャーナリストよりも、もう一人の主人公である社会に適合出来ていない天才少女を応援したくなるし同情もする。 さて中身ではなく、テクニックについてだが、「描写する題材ではなく、描写する表現方法の方が大事である」というのはヒッチコックの言葉だ。画家が描いたリンゴの絵があるとすると、画家がなぜリンゴを描いたのかではなく、どうやってリンゴを描いたかの方がアーティストにとって大事であると彼は言っていた。それに同感するわけではないが、この作品はそうかもしれないと思う。フィンチャーらしさが存分に出ている作品だった。絶妙なタイミングで主人公がスイッチするのも素晴らしいし、編集のリズムも音楽のセンスもダークな照明も抜群だ。それにカット(アングル)の数が半端じゃなかった。アメリカは日本と違い、様々なアングルで同じシーンを通して取るので、役者の人たちはシーンを最初から最後まで何回も通して演技をする。日本ではカット割りという技法で、時間の節約のため(昔はフィルムの節約のため)このアングルではこの台詞からこの台詞までしか撮らない、という方法が主流だ。アメリカではテレビでしかカット割りを使っていない。しかもフィンチャーは1つのアングルに平均して20テイクぐらい撮る。40テイクもざらにあるらしい。つまり1シーンに対して12のアングルがあったら、単純計算で240回同じシーンを撮り続ける。 そこまで一つ一つのショットにこだわっているから、こういうすごい映画が出来るのかと思う。普通、映画を見ていると、技術的なミスが最低でも2、3、目に止まる。(ひどい時は多すぎて数えられないくらいあるけど、、、)しかし、この映画を見ていたら一部の隙もなく、1コマ1コマからサウンドまで全てが意図的に作られているようで、その類いまれなテクニックに終始魅了されっぱなしだった。(スピルバーグのタンタンもそうだったな) 役者の一人がインタビューで言っていたが、フィンチャー監督は自分のやりたい様に撮るために撮影時間をきちんと確保すると言っていた。駆け出しの頃からそういう風に出来ていたわけではない。ただこの映画を見て、僕は別に240回も同じシーンを撮ろうと思わないが、自分の想い描いた映画を作るために必要な事をきちんと確保出来るような監督になるのを今後の大きな目標にしたいと思った。

新年明けました。

January 6, 2012

新年明けました。

11月から年末まで怒濤の二ヶ月間を過ごし、気付いたらいつの間にか新年が明けてしまいました。 アメリカの永住権を保持するために六ヶ月に一度アメリカに戻らなければいけないので、編集を本格的に始める前に10日間だけロスに戻ってきました。基本的にこちらでは、新作の脚本とCGの作業を進めて行く予定です。 多少、時間に融通が効くようになったので、この二ヶ月見れなかった映画、読めなかった本、勉強したかった事をゆっくりとやっていこうと思います。今年の抱負は「有言実行」。言った事をきちんと守るようにしたいと思います。 それにしても、日本からロスに来ると、必ず体調を崩す。なぜだろう?しかも、12月の撮影で死ぬ程寒かったせいで凍傷になったのか、手足の指先に微妙に痺れが残っている。うーん。 今日は合間を見て、「ガールズウィズドラゴンタトゥー」という映画を見てきます!

世界を変えた3つのリンゴ

October 6, 2011

世界を変えた3つのリンゴ

スティーブジョブスが亡くなった。 僕が尊敬する人の一人だ。彼に関する本は何度も読んだし、スタンフォード大学のスピーチだって何回見たか分からない。 小学校の頃からずっとマックのパソコンを使ってた。中学の頃はマックを通してネットで世界を知り、高校の時はマックのお陰で映画の編集が出来た。 いまもデスクトップ2台、ラップトップ2台、iPhone2台とマックにお世話になりっぱなしだ。 マックには便利さだけでなく、楽しさがあり、セクシーさがあるからだ。 最近、私生活でも仕事でもアップダウンが激しく落ち込んだりする事が多かった。 そんな時に彼の言葉が上向きな気分にさせてくれた。 下記、僕の好きな彼の言葉をウィキから引用。 残りの人生も砂糖水を売ることに費やしたいか、それとも世界を変えるチャンスが欲しいか(ペプシの社長をヘッドハントした時の言葉) 美しい女性を口説こうと思った時、ライバルの男がバラの花を10本贈ったら、君は15本贈るかい?そう思った時点で君の負けだ 方向を間違えたり、やりすぎたりしないようにするには、まず「本当は重要でも何でもない」1000のことに「ノー」と言う必要がある あなたの時間は限られている。だから他人の人生を生きたりして無駄に過ごしてはいけない ドグマ(教義、常識、既存の理論)にとらわれるな。それは他人の考えた結果で生きていることなのだから 30代や40代のアーティストが斬新なものを生み出して社会に貢献できることはめったにない 世界を変えた3つのリンゴという表現がある。 イブが食べたリンゴ、ニュートンが見つけたリンゴ、そしてジョブスが創ったリンゴである。 僕は彼がいなくなったこれからも彼のリンゴのファンであり続けるであろう。

ワイルドスピード メガマックス

October 4, 2011

ワイルドスピード メガマックス

ワイルドスピードシリーズ第五弾メガマックスが(原題はファストファイヴ)今週初登場一位になりました。いやあよかったよかった。 高校時代、この映画を友達と観に行って非常に盛り上がったのですが、そのメンツで先々週に先行上映に行ってきました。 まじでおもしろい! (そしてヒルズのぽっぽコーンはうまい) エンタメ映画の最高峰だと思います。全世界で600億円を稼ぎ出した超大作で、改造車を250台ぶっ壊したそうです。いつかこんな映画を作りたいなあ。 監督はジャスティンリンというUCLAの映画学科(僕の母校のライバル校っす)アジア系アメリカ人で、このシリーズは第三弾東京ドリフトから監督していますが、ターミネーターの続編を蹴って、このシリーズの次回作を作る予定です。僕としては彼にターミネーターを作ってほしかったですが。 正直、こんなアクションがある日本映画が見てみたいと思うのですが、残念ながら市場が違うし競う場が違うので実際に作られることはないですが、いつかハリウッドでこんな作品に挑戦してみたいなと思います。 下記、高校の同級生の写真です。良い奴らなので、もし彼らとお近づきになりたい独身女性がいたら、連絡下さい。笑

ドラッカー

September 22, 2011

ドラッカー

流行に遅れているとはわかりつつも、ドラッカーの「マネジメント」を読んだ。 引用したのは彼の享年に書いた詩
だ。確かにどこでもよく聞く様な内容であるが、 彼が95歳の時に書いた詩であるということに重みを感じる。うちのじいちゃんが今年で95だ。 95までの約70年、こういう思いで生きれたら、きっと笑って死ねると思う。 とりあえずは、アイスクリームをたくさん食べたい。 「もう一度人生をやり直せるなら・・・・
」 今度はもっと間違いをおかそう。 もっとくつろぎ、もっと肩の力を抜こう。 絶対にこんなに完璧な人間ではなく、もっと、もっと、愚かな人間になろう。 この世には、実際、それほど真剣に思い煩うことなど殆ど無いのだ。 もっと馬鹿になろう、もっと騒ごう、もっと不衛生に生きよう。 もっとたくさんのチャンスをつかみ、行ったことのない場所にももっともっとたくさん行こう。 もっとたくさんアイスクリームを食べ、お酒を飲み、豆はそんなに食べないでおこう。 もっと本当の厄介ごとを抱え込み、頭の中だけで想像する厄介ごとは出来る限り減らそう。 もう一度最初から人生をやり直せるなら、 春はもっと早くから裸足になり、秋はもっと遅くまで裸足でいよう。 もっとたくさん冒険をし、もっとたくさんのメリーゴーランドに乗り、 もっとたくさんの夕日を見て、もっとたくさんの子供たちと真剣に遊ぼう。 もう一度人生をやり直せるなら・・・・ だが、見ての通り、私はもうやり直しがきかない。 私たちは人生をあまりに厳格に考えすぎていないか? 自分に規制をひき、他人の目を気にして、 起こりもしない未来を思い煩ってはクヨクヨ悩んだり、構えたり、落ち込んだり ・・・・ もっとリラックスしよう、 もっとシンプルに生きよう、 たまには馬鹿になったり、 無鉄砲な事をして、 人生に潤いや活気、 情熱や楽しさを取り戻そう。 人生は完璧にはいかない、 だからこそ、生きがいがある。 - P.F.ドラッカー -

村上春樹と結婚式

September 17, 2011

村上春樹と結婚式

村上春樹の作品は実はそれほど好きではないです。エッセイである「村上ラヂオ」も読んだし、小説も全部じゃないけど結構読みました。エッセイはとても日常的な感じがして共感が湧く部分はあるもののエンターテイメント性にかける気がするし、小説の方はちょっとぶっ飛んでて非現実な世界があたかも現実にあるようないわゆる村上ワールドはたまに「?」という感じで読んでたりします。エッセイも小説も、同じ村上ですが龍さんの方が好きです。ただ、人間性として(別に個人的に知らないので、人間性というと語弊がありますが)もしくは人格として村上さんに敬意を抱いています。彼のイスラエルでのスピーチもスペインでのスピーチも震災後に放ったメッセージも、どれも心にジーンと響くものがあり、こういう事を言えるカッコイイおじさんになりたいと思います。いつか一度会ってみたい人の一人です。 僕は本は週に1冊、2冊読みますが、小説はあまり読みません。2、3ヶ月に一冊程度でしょうか?この前「ノルウェーの森」を映画で見たので改めて本を読みたいな、と思いつつ、まだ読んでません。なぜなら、本の中に出て来る性描写がこっぱずかしいからです。なんかエッチな場面があると、こんな生々しい事を書いていいのか?と赤面し、一人で読んでても周りを見回して一人でいることを再確認しちゃいます。電車の中で読むなんてとんでもないです。なら読み飛ばせばいいじゃないかと、思うかもしれませんが、性格上、一字一句しっかり読まないと気が済まないので、余計意識しちゃって非常に居心地の悪い気分になります。余談ですが、高校時代同級生の女の子に三浦綾子さんの「氷点」を薦められ読みましたが、あの子はこんなのを読んでるのか!と過激な内容に衝撃を受けたのを覚えています。 村上春樹の小説はそんなに好きではないと言いましたが、それでも「ノルウェーの森」に大好きな台詞があります。下記、引用。 「どのような真理をもってしても愛するものを亡くした哀しみを癒すことはできないのだ。どのような真理も、どのような誠実さも、どのような強さも、どのような優しさも、その哀しみを癒すことはできないのだ。我々はその哀しみを哀しみ抜いて、そこから何かを学びとることしかできないし、そしてその学びとった何 かも、次にやってくる予期せぬ哀しみに対しては何の役にも立たないのだ。」 前に悲しみを経験をしたとしても、次の悲しみは決して軽くならないわけです。なんか哀しいことがある度にこの言葉を思い出し村上サンは良い事言うなあと感心したりします。月並みですが、結局僕らとは無関係に流れていく実在の無い時間だけが、傷を少しずつ癒してくれるんだと思います。 ただ、喜びについても同じ事が言えるのではないかと思います。前に経験した幸せは、今日の朗報の喜びを薄めるわけではないですし、この前友人の結婚式に行ったからといって、来週行く友人の結婚式に出席する喜びに変わりはないわけです。 さてスピーチの練習しようかな。今から緊張する。

ライフ

September 13, 2011

ライフ

子供の時からネイチャー系の作品は好きだだったので、「ライフ」という映画を観た。今は興行成績は第二位。先週は一位だった。日本ではこういうネイチャー系が興行収入一位になる事が何年かに一度はある。きっと自然や動物好きな国民性が出ているのだろう。予告を見ていたし、だいぶ期待していっただけに、正直それほど凄くはなかった。 なにより始めのテロップからしてすごく押し付けがましい感じだった。教育的要素を全面的に押し出している映画は僕はあまり好きではない。「人間以外の生物は生き残るために頑張っています。さあ皆さんも頑張りましょう」という感じのテロップで始まって終わるのだが、文字でテーマをわざわざ言わなきゃ観客が分からないのならば、映画じゃなくて絵本にした方がいいのでは?と思う。中身は結構感動出来る内容になっているだけに残念だった。一つ一つの映像が非常にきれいで動物達の生き様は勇気を与えてくれるものだったが、僕はむしろ膨大な手間と時間が懸けられて作られているという部分に感動してしまった。この一つのショットを撮るために一週間くらい耐えていたんだろうな、とか、機材はどうやって運んだんだろうとか、この瞬間を取れたカメラマンの喜びは計り知れないだろうなと考えながら見てたら、目頭が熱くなった。ちなみに友人でこういう関係の仕事をしている人曰く、動物虐待的な事をしている時も少なく無いという。捕まえた動物をカメラの前で無理にやらせた方が効率的な場合もあるからだ。だから見てて、このショットは獲物をわざわざ目の前に放って、無理矢理食わせたんだろうなとか、何匹かのクジラのショットを合わせてあたかも一匹に見せてるんだろうな、というシーンも多々あった。別に良いとか、悪いとかではないけど、なんか見ててそっちの方が気になってしまった。 僕は小さい頃、よくディスカバリーチャンネルのレーザーディスクを見てた。自分の想像を超えた広い世界に憧れ、未知なる発見を求めて冒険する事を夢見た。いつの間にか、目の前にあるものを単純に感動する事を忘れ、大人の裏事情を理解するようになったという事実に気づかされた映画だった。今でも自分でカメラを持って行った事のない場所へ行く時には興奮するが、映画を通して同じ興奮を味わうことはもうないのかもしれない。